多摩地域で“伝える”ことに向き合う人やその地域の魅力をたどる広報リレー企画第4弾。
今回は東京都最北西端、奥多摩町です。
都内の自治体では最大の面積を誇り、急峻な山の間に集落が点在している奥多摩町ならではの広報の仕事内容や、町の今とこれからについてお話を伺います。
向かったのは、JR青梅線の終着駅である奥多摩駅から少し歩いた川沿いにある庁舎。窓から対岸の山の緑が自然と目に入り、時々遠くでトビの鳴く声が聞こえる、そんな会議室でインタビュー開始です。
(取材日:2025年10月6日)

広報担当は、防災関係にも詳しい森田さん
森田さん
防災関係の前職から、平成25年4月入庁。
総務課交通防災係、企画財政課企画調整係を経て、10年前に町制60周年の長期総合計画に携わる。
教育委員会で教育課社会教育係、文化などを担当。オーストラリアのバイロンベイへの中高生派遣事業での派遣団の引率なども担当し、社会教育係長を務める。
その後総務課交通防災係を経て、今年から総務課秘書広報係へ異動。現在秘書広報係長。
森田さん:前職が防災関係だった関係で防災に関する部署の経歴が長いんです。
規模の大きい自治体だと消防係と防災係は別の職員が担当しますが、奥多摩町は職員が少ないので消防と防災をメインに、交通関係も含めて担当していました。
実は入庁して1年くらいで西多摩地域で記録的な大雪があったのですが、奥多摩町から東京都へ初の自衛隊派遣要請を出すほどの状況になりました。
通常なら大体年2〜3回くらい15〜20cmほど(多くて30cmほど)の雪が積もることがある地域ですから、備蓄やスタッドレスタイヤなどの備えはあるのですが、この時は庁舎前でも80cm、もっと奥の地域では1m以上の積雪があり、孤立した集落まで歩いて訪問したり、定期的な通院が必要な町民の方のために道を開通させなければならなかったり。
しかもその年の5月に山火事があり、再び自衛隊へ派遣要請をすることになったので、入庁してすぐになかなか珍しい経験をしましたね。
奥多摩町は東京都の10分の1の面積を占める広い町なので、積雪量や局所的なゲリラ豪雨などで地区ごとに天候が異なることもしばしばで、そういった意味で職員はかなり大変だと思います。

奥多摩町の秘書・広報業務を1人で! 超多忙な担当業務の数々
森田さん:広報紙の担当でもありますが、基本的には町長のスケジュール管理や車両の手配といった秘書業務が中心です。
広報紙は編集から配布まで、あとはホームページ関連も。係の人員が私1人なのでこれら全てを担当しています。
また、奥多摩町は山間部のため、防災行政無線を屋外スピーカーだけでなく各家庭や事業所に設置した個別受信機でも聴くことができます。
この無線で平日の朝夕2回・土曜日の朝1回、街のイベント告知や注意喚起などを伝える15分間の放送があり、その調整も行っています。
ホームページで発信を一本化できれば負担は減るかもしれませんが、高齢な方だと特に紙媒体や防災行政無線の放送などが情報源になるので、各媒体を併用しないといけないですね。
直近では町内のふれあい祭り(産業祭)や、全国から鍾乳洞のある自治体が集まる鍾乳洞サミット(2025年は奥多摩町で開催)といったイベントの周知ですとか、熊の出没に伴う注意喚起なども行っています。毎日の放送は地元の方々の重要な情報源であるとともに、防災機器が常に動作するかの確認にもなっています。

秘書業務と並行し、月1回の広報紙発行
森田さん:この担当について半年ほど経って、ようやく慣れてきたところではありますが、大変ですね。
毎月1日発行の広報紙には1か月分の情報を載せなくてはならないので、原稿をそのまま載せてしまうと情報過多になってまとまらないんです。何を重視するのか?を考え、防災無線の放送で流すのか? 広報紙で載せるのか? などの判断が難しいところですね。
1面に載せる記事は大体毎年決まっているのですが、例えば8月号はオーストラリアへの中高生派遣事業という予算的にも大きな事業で、子ども達も楽しみにしている行事なので、大きく掲載しました。
どうしても防災の担当が長かったので、防災に関連した表紙が多くなってしまうのはちょっと反省しないといけないのですが……。
広報紙の構成は、各部署から集まった原稿をもとに、重要度の高さや情報のニーズなどを考えて各ページへ割り振っています。前年の内容なども参照して決めていますね。
編集したものは各部署の校正や課長のチェックを経て、全体の校正を行った後に印刷会社へ、というサイクルです。
秘書業務は主に朝7時半からですが、日によってスケジュールが異なり、ドライバーさん不在時には私が運転することもあります。例えば都庁までの移動だと余裕を見て片道3時間ほどかかる想定なので、行って帰ってくるだけでも1日がかりに。
秘書と広報で担当者を分けられたら、職員のライフスタイルに関わらず働けたらとも考えていて、そのためにAIの利用などを検討したいところでもありますね。
広報紙を作る時に心がけていることは?
森田さん:情報発信する者として相手の立場に立ち、相手がどう捉えるかを意識すること。あとはもう、一日一日を必死に過ごしていくのが精一杯です(笑)。
他の作業が滞ってしまうので、色々なことに手を出すのも難しいのですが、一番時間をかけているのは広報紙ですね。
平日の日中は秘書業務をしていることが多いので、残りの時間をフル活用して取り組んでいます。
今日はたまたま平穏な日ですが、今は特に町長が東京都町村会の会長を務めている関係で、会議や式典に出席するなどの公務が通常の倍以上になり、スケジュール管理だけでも大変ですね。来客もひっきりなしです。
これからの「広報おくたま」に思うこと
森田さん:広報紙は見やすくなるように少しずつ変えていっていますが、今後10〜20年もすれば高齢者でもスマホが当たり前に使えるようになるでしょうから、広報の発信方法も変わっていくのではないでしょうか。
私が防災を担当していた時に前述の防災無線機器の入れ替えがあり、その時にタブレットへの置き換えを提案したことがあったんです。
その時はまだ早いと見送りになったのですが、次の10年で導入されるといいですね。イベントの出欠などもオンラインで集められるようになるのではないかと思っています。
問題は電波ですね。
現在、町内の住宅があるエリアであれば携帯が繋がることは確認できていますが、過去には災害時による停電で繋がらなくなったキャリアもありました。
これに対して防災無線は停電に備えたバックアップがあったり、各家庭でも電池に切り替えて給電したりといった対応ができる分、やはり災害には強いんです。

2025年に町制施行70周年を迎えた奥多摩町の今
町制施行70周年で広報業務も充実
森田さん:町内で開催予定の「奥多摩ふれあいまつり」で、俳優の寺島進さんが観光大使に任命されます。寺島さんは奥多摩町が舞台のテレビドラマで主演を務められていて、プライベートでも奥多摩町にお越しいただいています。
今年は町制施行70周年記念誌(町勢要覧)も発行し、周年関連事業も各種あるので、例年より広報面でも充実していますね。
70周年記念誌の制作は前任者が担当したのですが、記念誌の制作は10年に1回の大仕事なので、前任者も大変だったんじゃないかと思います。
前回(60周年)は私が担当で奥多摩町キャラクター「わさぴー」のLINEスタンプやグッズ類を色々リリースしました。
また、現在多摩大学との連携により、学生さんと一緒に地域の活性化・魅力化を目指したワークショップを実施しています。こちらもこれからの動きが楽しみです。
奥多摩町の産業・伝統の担い手は? 移住定住支援にも注力
森田さん:課題として、わさび農家の後継者問題があります。
奥多摩のわさびは静岡、長野、岩手に次ぐ4番目の生産量があるのですが、奥多摩はわさび田が山の中のアクセスしづらい場所にあったり、そのわさび田も令和元年台風第19号被害で壊滅状態になったりと条件が悪く、なかなか後継者が確保できていません。
台風被害に関しては東京都の支援も受けつつわさび田を復活させたのですが、どうやって伝統を引き継いでいくかが重要な課題になっています。
私の実家も昔はわさびを作っていましたが、収穫は山道を1時間半くらい歩かなければなりませんし、時間をかけて向かってもちょっとしか収穫できない。昔のようにわさびだけで生活していける時代ではないんです。

森田さん:子どもも非常に少ないので、10年前から移住定住事業に力を入れています。
全国的にも人口減少・少子化傾向にありますが、奥多摩町では都内でも早い段階で給食費など特色のある支援事業を実施してきました。今では東京都が奥多摩町の取り組みをモデルにしているほど。
私にも子どもがいるので、この充実した支援は非常に助かっていますね。
伝統芸能をどうやって引き継いでいくかも課題のひとつです。
奥多摩町の伝統芸能といえば「三匹獅子」という獅子舞で、西多摩地域や埼玉県の飯能・名栗の方に残る、一般的な「獅子舞」のイメージとは少し違うものです。昔は町内15カ所、現在は12カ所ほどで行われていて、町内の若手が受け継いでいます。
獅子舞は神社の例大祭で披露されますが、実は笛や歌うたいなど20〜30人くらい人が必要で、各地域とも人がいなくて悲鳴を上げている状況です。
伝統芸能の継承が課題になる中で、昔は男性しか参加できない時代もありましたが、現在では女性も参加するようになりました。
大昔には長男しか獅子頭をかぶれないような時代もあったそうですが、今は女性が獅子をやることも。うちの子どもたちも毎週いろいろなお祭りを手伝いに行っているんですよ。

雇用面と観光PR不足が課題に
森田さん:移住後に事業を始めた方もおられますが、町内には働く場所が少ないため、結局近隣の他の自治体へ通勤する必要が出てしまうことが町の課題です。街の中で収入を得て暮らしていけるようにしないといけないなと感じています。
実際に奥多摩町で新しくビジネスを始められた例では、10年ほど前に椎茸栽培がありました。今は高齢でやめてしまわれましたが、都内の料亭などに出荷する肉厚な高級椎茸を生産しておられましたね。
今は町内に魚屋さんが1軒もなくなってしまって町内でお刺身を買えなくなってしまったので、友好交流協定を結んでいる神津島との販路ができたらいいのかも。わさびと魚を相互に販売するような。
移住された方も頑張っていらっしゃいますし、観光面にももう少し力を入れられると良いのですが、まだPR不足。
近隣の自治体は観光に力を入れておられるので、勉強していきたいです。
「奥多摩」という地名は広く知られていますが、町外の周辺地域を含めた広域を示すイメージで捉えられがちな面もあり、「奥多摩町」としての観光が盛り上がればもっと町が元気になるのではと思っています。
地元で生まれ育ったからこそ感じる、奥多摩町の現状と魅力
不便ながらも奥多摩を選ぶ魅力は?
森田さん:生まれ育った街なので「改めて魅力を」と言われると思いつかないのですが、やはり山が好きなので、山がいちばんの魅力ですね。どこかに出かけて帰ってきた時に、山があって落ち着くなと感じます。
子どもの頃はもっと小河内ダム(奥多摩湖)に近い方に住んでおり、保育園には一人でバスに乗って通ってました。お寺の隣に保育園があって、その近くのバス停で先生が待っていて、そこから保育園に行くっていう。そのころから電車にも一人で乗っていましたね。高校では野球をやっていたので、朝練の都合もあり、親戚の家から通っていました。
現在の子ども世代は同級生が10数人しかいませんが、私の時代は古里地区と氷川地区の2箇所に学校があり、400人ほどが通っていました。もっと上の世代、奥多摩町の産業が栄えていた昭和30〜40年頃は1,000人くらい学生がいました。現在の人口は5,000人を切るくらいですが、当時はその3倍近くの人口があったんです。
我々の世代は朝早い電車に乗って通学するのが当たり前。さらに今は電車の間隔も40分に1本に減り、雨や雪で電車が止まることも増えました。私はそれも込みで奥多摩町に住んでいますが、移住定住先の候補としてはマイナスになってしまうんですよね。
ですから、移住してくださる方はそれに代わるものも感じて奥多摩町を選んでくださっているのかなと思います。
うちの子どもも、奥多摩町から引っ越したくはないと言っています。高校生になったら出たくなるのかもしれませんけどね。

最大の魅力はやはり山!
森田さん:若い頃は山が嫌いで全然山に行かなかったんですよ。大学生の頃は毎週茨城や千葉の海に行ってサーフィンをしていたくらいなんですけど、まさかそうやって暮らした後に奥多摩町に住むとは思わなかったですね。
昔は小学校の遠足で1,000mを超える山を登ることもありましたが、今は安全上の問題もあって近隣をハイキングする程度になってしまったので、子どもが生まれてからは、まだ小さい頃から山登りに連れて行っています。
そうすると改めて奥多摩の山の難しさや良さがわかって、やっぱり山はいいな、と感じますね。
何より山の上からは富士山が綺麗に見えるんです。非常に急峻な地形なので、登り始めがきつくて子どもは文句を言いながら登っていくんですけど、山頂でカップラーメンを食べるのが好きみたいです。
ただ今はクマの出没が増えているので、次の休みにも山に行こうと思っていたのですが、連れて行けないなぁと。今年は餌がないようで、今後も気候が暖かくなってしまうと冬眠をしなくなる可能性もあるので心配です。
とはいえ、やはり山・川が魅力です。
移住者の増加と地域コミュニティの今
森田さん:今の奥多摩町の人数だと、住民のほとんどを知っているような状態です。
ただ、これまで子どもの学校行事などで出会う保護者の方は大体自分の同級生や先輩後輩の家族だったのですが、近年移住の施策が進んできたので、面識のない方に出会うことが増えました。
とは言っても、移住者の方でも自治会やお祭り、消防団など入ってくださってている方は顔が繋がっていますね。
奥多摩町は、自治会加入率が90%以上と共助で成り立っている部分も大きいのですが、高齢化率が50%を超え厳しい側面もあります。
やはり田舎に住むので、大変ですよね。自治会や学校の役が回ってきたりお祭りがあったりして、休みの日にほとんど家にいないこともありますから。
でもそこはお互い様なので、マイナスの面も見た上でご理解いただいて協力してもらえると非常にありがたいです。
今はできていないのですが、移住者の方に年に何度か集まっていただいて、意見交換会などができるといいのかなとも思っています。
伝統芸能が身近にある町
森田さん:それから伝統芸能も魅力の一つです。
大体8月になると毎週どこかしらでお祭りがあって獅子舞が見られます。それも奥多摩町ならでは。観光客の方も自由にご覧いただけます。
奥多摩の獅子舞「三匹獅子」はお正月に見かけるような2人組で獅子を表現するものではなく、それぞれに獅子頭を被った3人組が踊ります。山間部では山の中に神社があって平地のお祭りのような大きな山車も引けないので、このような形になっています。
いろいろな獅子舞があるので面白いですよ。うちの子どもも真似していて、やはり自分の地区の獅子がいちばん好きだと言っています。
学校の運動会でもこの獅子舞を真似た演目があって、町の子どもたちは笛が吹けたり獅子ができたりするんですよ。子どもたちが笛を吹けると実際のお祭りでも非常に助かります。その他の伝統芸能としては、神楽が1箇所、お囃子が2箇所あります。

住民の方、町外の方へのメッセージ
森田さん:これからの時期(10月以降)は山の影で陽が当たらない場所が多いこともあり、もっと厳しい季節がやってきます。
そのため、奥多摩町観光のおすすめの時期は秋よりも4〜5月なのですが、紅葉を見にいくなら山よりも川沿いのエリアをおすすめします。
見事に色づく川沿いに対して、山には針葉樹が多いのであまり全体が紅葉で染まるような感じにはならないんです。紅葉時期の川沿いはとても綺麗ですよ。
紅葉の見頃は多摩地域の他のエリアよりも早くて、本来なら10月の終わりから11月の頭くらい。
今年は気温が高かったのもあってナラ枯れなどで茶色く枯れてしまっている部分が目立つのが心配ですね。

森田さん:奥多摩町には、素材はいっぱいあるんです。
なので、私たちや住民の方がその素材をいかに活かして生活や商売につなげていくかが非常に重要というか、これからどうなるか、10年後はどうなるか、それが楽しみです。
それから、もっと林業などにも従事していただけると獣害による被害が減ると思います。
昔は山で仕事をする「山師(やまし)」がいて、こういう人たちが山に入ると木を切るチェーンソーや人間の話し声など様々な音がするので、クマなどの害獣の側も警戒して人に近づいてこなかったんですよね。
でも今は山に入る人が少なくて、その境界ができていないんです。
昭和の初め頃であれば枝打ちなどの手入れが行き届いて杉林も綺麗な状態を保てていたのですが、今はささらほうさら(荒れ放題に)伸びてしまって、人の手が入っていない山になってしまっていることも良くない状況です。
「美林」と言って、綺麗な針葉樹帯にしていってもらえればそう言った被害も少なくなるはずです。
花粉の問題も同様で、花粉が出ない木に植え替えたりもしていますが、枝打ちや間伐が非常に大事になってくるんです。本当はそういう仕事で稼げるようになるといいのですが。

森田さん:奥多摩の木は細い木が多いのですが、これはかつてこれらの木材が足場用に使われていたため。現代の足場は単管パイプで組むことが多いですが、昔の足場は木で作られていたんです。
伐採した木の搬出も、昔は筏に乗せて多摩川に流して運んでいましたが今はトラックを使う必要があり、急峻な地形の関係で道も細いためコストが高くついてしまうんです。
なので、なかなか木材活用の幅も広がっていません。これらを資源として活用していけたらいいですよね。
普通に歩いていても転がってしまうほどの急峻な土地ですから、畑も斜面にあります。水はけがいいのでじゃがいもなどを栽培していますが、収穫した芋がみんな下に転がっていってしまうような場所です。
ちなみに奥多摩のじゃがいもには治助イモという小ぶりな種類があって、大規模に栽培もしていないので、収穫量も自分で食べるだけになってしまいますが、結構美味しいですよ。
私の祖父の時代は林業や炭焼き、わさび田などで生計を立てていて、炭売りの時にわさびも一緒に背負っていくと、1週間分の収益になったそうです。
町内で何でもかんでも賄えるようにするのは難しいですが、今後はバイオマス発電等で電気を作れるようにもなれば、今後町が変わっていくといいなと思っています。充実した子育て施策もありますし、今度は「電気代無料の町」をやってみたいな、などとポジティブに考えています。

奥多摩町出身の森田さんおすすめスポットを巡るミニツアーへ!
この後、森田さんの生まれ育った地域を車で案内してくださるとのことで、本企画初、インタビュー会場を飛び出してのミニツアーに出発!
広大な奥多摩町の中でも奥多摩駅からアクセスがしやすい、「奥多摩むかし道」沿いにあるスポットを3箇所紹介していただきました。
「奥多摩むかし道」は、奥多摩駅近くの氷川地区から奥多摩湖がある小河内(おごうち)地区までを結ぶ道で、物流に使われていました。道沿いには様々な見所が点在しており、現在はハイキングコースとしても人気のルートです。
拝殿に迫る岩壁が大迫力の白髭神社
まず案内していただいたのが、白髭神社。毎年夏には拝殿の前で先述の獅子舞も奉納されます。
急な斜面に沿って建てられた神社は平らな土地が少ない奥多摩町ならでは。小さな社殿ながら、山の斜面から迫ってくるような大迫力の岩盤の存在感もあり、荘厳さを感じます。

緑に囲まれた絶景吊り橋「しだくら吊り橋」
再び車に乗り込んで、奥多摩むかし道を進んだ先にあるのが「しだくら吊り橋」です。
「同時に通行できるのは2人まで」と制限がついた吊り橋で、歩いていくとかなりの揺れを感じますが(もちろん人数を守れば安全です!)、橋の上から眺める川面は一見の価値あり!

ハイキングの疲れも吹っ飛ぶ名水、境の清泉
「最後に美味しい水でも」とむかし道から脇道に逸れて向かった先には、東京の名湧水57選にも名を連ねる「境の清泉(祥安寺の清泉)」。
旧青梅街道(奥多摩むかし道)を行き来する人が喉を潤した湧水で、隣でわさびが栽培されていることからも水の綺麗さが伝わります。
冷たい水が10月のまだ暑い日にぴったりでした。

大変な側面はありつつも、それを補う魅力もいっぱい! 奥多摩町への想いが溢れるインタビュー
防災関連の業務経験や、さまざまな業務を単独でこなしている現状を踏まえつつ、奥多摩町の住民・職員双方の観点から多角的にお話をしてくださった森田さん。
当初は想像以上の多忙さに圧倒されましたが、子どもの頃の思い出話や地元のおすすめスポット紹介からは、地元育ちならではの奥多摩町への温かい想いも感じられるインタビューでした。
人口減少などの難しい側面もありますが、豊かな自然環境と充実した移住定住支援、将来の展望といった明るい話題もある奥多摩町のこれからに注目です。
このリレー企画では、これからも多摩地域の各地で“伝える”ことに向き合う人やその地域の魅力をたどっていきます。次はどんなまち、どんな魅力に出会えるのか。どうぞご期待ください。
ご協力いただきました奥多摩町広報担当の森田さん、ありがとうございました!





